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2008年10月

最初の記憶を描写する

2週間で小説を書く! (幻冬舎新書) 2週間で小説を書く! (幻冬舎新書)

著者:清水 良典
販売元:幻冬舎
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 『2週間で小説を書く』2日目。

課題。最初の記憶を描写せよ。

               はじまりは雪

雪がちらちらと降り注ぐ。

風がひゅんと頬を掠める。向かってくる粉雪が肌を刺す。粉雪が解けて顔を濡らす。濡れた顔を向かい風が扇ぐ。顔中が痺れる。穴から漏れる白い吐息が三房流れていく。闇の中に溶ける。

雪雲が空にふたをする。闇雲に雪が降る。

暗い。

ペダルが回る。白く固い薄皮に黒い線が走る。黒い線の上を走る。

弟の姿は見えない。母の背中にぎゅっとしがみつく。母のぬくもりに筋肉が緩む。

T字路に差し掛かる。右手にごみ置き場。白い雪に濡れた白いゴミ袋。白い雪。

黒。

母の背中が消える。

アスファルトが目の前を塞ぐ。

ひざ小僧に、ひじに、腰に、手のひらに痛みが走る。からからと音をたてる自転車。

弟の泣き声が闇と沈黙を裂く。空気が細波立つ。母の背中が見える。弟の姿は見えない。

僕はすりむいた膝をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。

母が振り返る。弟の泣き顔が見える。僕は笑う。

笑い声が闇の中に滲んでいく。

すりむいた自転車を押して、僕らは帰る。

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「日曜日」(掌編)

 

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著者:清水 良典
販売元:幻冬舎
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 『2週間で小説を書く』が提案するトレーニング第1回。

 次の掌編の続きを書け。

                  「日曜日」

ある日曜の朝早くにスタントン通りを歩いていると、何メートルか先に一羽の鶏が見えた。私の方が歩みが速かったので、じきに追いついていった。十八番街も近くなってきたころには、鶏のすぐ後ろまで来ていた。十八番街で、鶏は南に曲がった。角から四軒目の家まで来ると、私道に入っていき、玄関前の階段をぴょんぴょん上がって、金属の防風ドアをくちばしで鋭く叩いた。やや間があって、ドアが開き、鶏は中に入っていった。(ポール・オースター編、柴田元幸訳、ナショナルストーリー・プロジェクト全5巻BOX より)

 あっけにとられて立ちつくしていると、今度は南の十七番街の方からもう一羽鶏がやって来るのが見えた。数メートル離れて男がついてきた。鶏は首をひょこひょこ前後に揺らしながら、目の前へ歩いてきた。私道に入っていき、玄関前の階段をぴょんぴょん上がって、ドアをくちばしで突いた。ドアが開くと、鶏は家の中に消えていった。男も僕と同じようにあっけにとられて立ちつくした。

 言葉を交わす間もなく、今度は西の十六番街の方からもう一羽鶏がやって来た。今度は女だった。後ろに女を引き連れ、悠然と直進して、僕らを追い越していった。あっけにとられた僕ら三人を残し、鶏は石段をぴょんぴょん登り、ドアをくちばしで突いて、ドアが開いて、家の中に入っていった。

 僕らは顔を見合わせた。見知らぬ男二人と女一人。気まずい時間が流れる。

 ドアが開いた。赤い前掛けをつけたおばあさんが出てきた。右手をかかげ、小さなくちばしをつくると、手招きしながら、こちらに呼びかけた。

 「まあ今日は女の子までいるのね。ミートパイをごちそうするから、早くいらっしゃい」

 赤い前掛けから赤い汁がぽたぽたと落ちる。

 はっと息をのむ。

 その隙に、男と女は視線を交わし、笑みまでこぼす。

 二人は僕をおいてゆっくりと歩いていき、ぴょんぴょん石段を登る。防風ドアの前でしゃがみ、片手でくちばしをつくってコンコンと鋭くノックし、にっこりと笑いあう。おばあさんが女に向かってなにごとかささやき、彼女は首に下がっていた貝殻の飾りをポケットにしまう。男がおもむろに女の手を握り、二人並んでドアの向こうに消える。

 「ミートパイをごちそうするから、早くいらっしゃい」

 おばあさんは、右手をかかげて小さなくちばしをつくると、手招きしながら、呼びかける。

 かぶりを振った勢いで踵を返し、スタントン通りへ戻る。明日が待ち遠しい。

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四年

 階段を四十段ほど下り、左に折れて、雑草の多い茂る裏庭をすり抜け、小さなため池を作っている窪地を越え、留学生がたむろする自転車置き場の喧騒をかわし、開いたままの門扉を通り、煙草に火を点け、通りに出る。吸い終わると、とある学習塾の前に立っている。

 「彼」は、寄せては返す風雨の波状攻撃を耐え忍び、しかし、寄る年波には勝てず、ぼろぼろと茶色のタイルを剥落させ、真皮の灰色を曝している。「彼」の背後には、小中一貫教育で鳴る名門学校法人の瀟洒な建造物が高く聳え、「彼」のくたびれた佇まいと鮮明なコントラストを成している。高さと強さを兼ね備えた背景の中にレイアウトすると、「彼」は腰を曲げた老人のようであり、つい杖を貸したい老婆心が頭をもたげる。

 しかし、苦楽を共にしてきた彼の同胞たちを視野に収めると、憐憫の情は羞恥に手を引かれ腹の底へ落ちていく。軒を連ねるクリーニング店や煙草屋、化粧品店は、黒く汚れた肌としみまみれの顔を堂々とこちらに向けている。エステや整形、ボトックス注射には目もくれず、ただ一途に年輪を重ねてきた。斑に汚れた肌に、晴れ間が差す。立ち並ぶ顔を一条の光がさっと走り抜ける。彼らの厚化粧が光沢を帯びる。何も恥ずかしいことはない。ばつの悪い思いがする。

 「彼」の老いが恥辱や憐憫の情を呼ぶようなものではないことは、「彼」のもとへ日参する中高生たちの姿が物語っている。傘を畳み、空を仰ぐ中高生たちは、「彼」に伝統や実績を見ている。学習塾のような実績がものをいう商いは、ノーメイクで腰を曲げたまま、戦果をありのままさらすのが「売り」となるのだろう。

 だが、本当に「彼」がありのまますべてを曝け出しているというのであれば、あれはどう解釈すればいいのだろう。

 多くの学習塾がそうであるように、「彼」もまた親心を焚きつける合格校と合格者数を明示した看板をぶら下げている。看板に偽りあり、と後ろ指を指したいわけではない。むしろ、偽りがないほうが問題だ。

 というのも、「彼」がぶら下げている看板は、平成十六年度の実績を示したものだからだ。このすすけた看板があけすけに語る四年の時差に、思わずアテネと北京との間に広がる茫洋たる大海と起伏に富んだ大地のパノラマを幻視してしまう。

 パンダが転がり、マグロが跳ね、象が水浴びに戯れ、ラクダが闊歩する。偏西風がチョモランマにぶつかり、零れ落ちた氷塊がガンジスを下ってインド洋に出帆し、アラブで石油を積んで、ギリシャの太陽を浴びる。

 如才なさや軽佻浮薄とは無縁の「彼」の誠実な態度は、野口みずきの栄華と落日すら、走馬灯のように脳裏を過ぎらせる。それはおそらく「彼」の陰画でもある。四年の月日は残酷だ。

 「彼」の金看板は空白の四年を痛切に悔いているに違いない。無念。

 裸一貫、死に化粧に身を包む。

 雨がまた強くなってきた。

 傘を忘れた女子生徒が、意を決して外に駆け出す。

 たぎる妄想を雨が冷ましていく。

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